出演情報、今までとこれから

劇団俳優座公式WEBサイト

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月30日 (日)

小さな十字(後編)

少女が現れた角から、更に二人の人物が続いた

乳母車を押す男性と乳母車に乗せられた、おそらくは少女の弟

不思議な事に、少女が現れ、母に走りより、抱き締めあう、この一連の出来事の中で表情を露にしたのは、少女一人だけだった。

少女を抱き締めたまま、膝まずいた彼女は無表情で男性を見つめる。

男性もまた無表情。

乳母車の弟は、この出来事よりも自分の足を捕まえる事に夢中になっている

小さな十字は泣いている

母の腕の中で

いまだ無表情のまま見つめあう母と、おそらく夫

複雑な事情があるように僕には見えた

母はゆっくり立ち上がると、少女の手をとり、男性と乳母車に歩み寄る

四人が無言のまま、一旦家族の形になった

公園をゆっくり歩き出したその家族に僕はまた追い越された

僕を追い越した母のズボンの膝が泥土で汚れたままになっていた

2008年11月29日 (土)

小さな十字(前篇)

稽古場へと続く道で、僕の少し先を女性が歩いている。

大きなお世話だが、その足取りの重さから随分くたびれているのが分かる。駅から彼女を追い越せなかったという事は、僕も随分くたびれているのだろう。駅から稽古場までは歩いて10分。どうやら同じ目的地に歩いているらしい。

稽古場として借りている公共施設の周りには中庭のような公園がある。その中庭を歩いている途中、彼女が突然立ち止まった。当然僕はそれを追い越す形になった。

ちょうど僕の4、5メートル先の角から3歳くらいの女の子がふいに現れた。

女の子は「マミー!!」と叫びながら泣いてるんだか笑っているんだか、またはその両方なのか、兎に角クシャクシャな顔でこちらに向かい両手を大きく広げ走ってきた。

振り向くと、先ほど立ち止まった女性が、まだ雨があがったばかりの土の上に膝をつき、同じく両手を大きく開いていた。

その小さな十字と、跪いた十字が重なる。抱擁。

~後編に続く

2008年11月28日 (金)

思い出

懐かしい中目黒での稽古。思い出が波状に押し寄せる。いつかは訪れようと思っていた場所。様々な思い出に向き合えるようになったらまた訪れよう、、、そう思っていた場所。駅まで歩いた遊歩道、桜並木、川沿いのベンチ、お稲荷さん、銀杏、大きな公園、高架下の喫茶店、、、。稽古場は上京してすぐに住んでいた家のすぐ近くにあった。「あの坂をまっすぐ行けば、もうすぐだ。」思い切って角を曲がる。しかし、、不意に足が止まる。どうしても駄目だった。今はまだ駄目だ。温かい青春の思い出に向き合えない。もう少し、もう少し待ってみよう。もしかしたらあの坂を上がれるようになるかもしれない。温かすぎる思い出には、どうしてもまだ近寄れない。それはまだ自分が大人になっていない証拠なのか。今はまだ分からない。P1000197

2008年11月27日 (木)

凄いなあ、、、

通し稽古も後数える程、、、。少しずつ衣装や小道具が本物になっていき稽古場に緊張感が高まります。それにしても演出の増沢さんは凄いっす。もともと同じ劇団という事もあってか、こちらの演技意図をすぐに読みとってしまう。(;д;)役者が「もう少し表現したいな、、、。」と欲張る事を「スケベ心を出す。」と言います。そのスケベ心をすぐに見抜いてしまう。「美央、あそこの表現は後の表現との落差を出す為にやってるみたいだけど、、、。」とダメ出しされるとドキッ!とする訳です。こちらの内心としては、ばれたか、、、!本番までとっておこうと思ったのに、、(-ε-)ってな具合です。でも見抜かれるという事は同時に嬉しい事でもあります。こちらの意図が明確に表現出来ていたという事ですから。演出家と役者は強い信頼関係の上でお互い切磋琢磨し合うもの。今回は細かい芝居を満載で増沢さんに挑むつもりです。「先輩!こんなん出ましたけど!」を毎日持ってゆく。そして取捨選択をしてもらう。毎日同じではつまらない。今日より明日、日々深い表現を探し求める。毎日が挑戦です。ほんま面白い舞台になりそうですよ!是非とも皆様、目白まで足をお運び下さい!(◎´∀`)ノ

2008年11月26日 (水)

指導

今日こそちゃーんと千川行ってきましたよ(^-^)ダブルキャストなので一班通しの二班抜き稽古でした。僕はシングルキャストなので丸一日の参加。プロデューサーから「気になる所は積極的にアドバイスを…!」とお願いされたので若い俳優さんを何人か捕まえてアドバイスをしたりしました。いよいよ後3日…。たった一週間の稽古でしたが、個性的な俳優と沢山出会う事が出来て勉強になります。いやほんまね、盗んでナンボですからね。年上年下、好き嫌い関係なしにエエもんはエエ。エエ芝居を見たら素直に「やられた…!(*_*)」と受け止め、盗む。最近は「やられた…!」の連続です。でもそれは自分が柔軟な証拠やと思っています。凹んでも凹んでも前向きに(*^-^)僕が演技指導をする時は、そのシーンを演じてくれた役者に対して最後に「有り難う。」と声を掛けるよう心掛けています。「プロだから出来て当たり前!」という考えがどうも苦手なのです。上手かろうが下手だろうがアーティストの仕事ですから、その表現に対しお礼が言いたい。しかし、つまり!舞台上で行われる全ての行為はアーティストとしての仕事なのだから、、、役者も気を引き締めなければならない。そう思うのです。否定するのではなく「良い部分を中心に苦手な部分を修復してゆく。」少し時間が掛かっても僕はこの方法で指導をします。甘いんかなあ、、、?( ̄Д ̄;;でもそれが僕の教え方なのです。もっともっと勉強せねば!しかし、ね、眠い、、、。ではではおやすみなさい。21

2008年11月25日 (火)

大間違い

昨日の雨から一転。今日は日射しがポカポカと暖かい。電車の窓側にある背中がジーンと暖かい。今日最初のご褒美だ。これ以上多くを求めるのはやめよう。今日はきっとこれでじゅうぶんなのだ。そんな事をほっこり考えていたら…思い切り稽古場間違えました…(*_*)小田急の祖師ヶ谷大蔵に行くべきが有楽町線の千川という駅に…。それでも気付かず稽古場まで歩いて行き、扉を開けて思いっきりフラメンコのオバサン達とギロリと目が合ってしまいました。失礼致しました。千川は明日の稽古場でしたね。ほんますみません。日程表を一日見間違えました。なんとか取り戻さねば!と思い、大急ぎで電車を乗り継ぎ祖師ケ谷大蔵へ。タクシーに飛び乗り運転手さんに行き先を告げると「う〜ん、そんな場所聞いた事ないな〜。」お、おっさん!!ナビ付いてるがなナビ!!タクシーの運転手さんってなんでまずナビ使わないんでしょうね?プロの意地?結局、15分の遅刻、、、やってまいました、、、。ほんますみませーん。(;д;)「運ちゃんよ 迷ってないで ナビつこて」プリーズ。

2008年11月24日 (月)

お爺ちゃん

今回のお芝居は老け役です。お爺ちゃん?とまでは行きませんが、久しぶりの老け役。老けを直接意識せず演技をするというのは結構難しい。ある名優の手記の中に「若い役者が老け役をやる場合、クタクタに疲れはてた自分を元にイメージしなさい。」というのがあった。またあるテレビの特集では「老後体験」と題して若い学生に、老人が普段、どういう状況で生活しているのかを体験させる実験を行っていた。筋力の低下を再現する為に手足に計数十キロの重りを付け、目には視界を狭める特殊な眼鏡をかけて生活をしてみるという実験だ。大半の学生が普段昇りなれているはずのキャンパスの階段で立ち往生していた。足下を確認しながら、途中何度も休憩をしてやっと昇りきる…。「老後体験」を経験した学生が口を揃えて言っていた事は「老後が怖くなった、、、。」という言葉だった。しかし、、、それは必ずやって来る。一日一日と自ら歩み寄っているものである。役を通じ自分の未来と向き合う。今回の芝居が終わったら一気に10年程年を取りそう、、、。Dsc00791

2008年11月23日 (日)

ただいまです。

帰京しました…!久しぶりの東京…。15時に品川に到着して16時からの稽古に参加してまいりました。つ、疲れた…(*_*)しかし、通し稽古は熱いものがありました。読み合わせの時と比べ格段にドラマに緊張感があり驚きました。やばい…何とか遅れを取り戻さないと。一週間後には、また新たに本番が始まります。演出の増沢さんは俳優座の大先輩です。ダメ出し一つ取っても非常にレベルの高い要求がありました。凄いなぁ…。自然な芝居とは、果たしてどういった物なんだろう?という基本に立ち返り考える事が出来ました。僕はワークショップ等でお芝居を教える時、「集中の拡散」という言葉を使います。「考え事をする。」という芝居を例に挙げると、考えている状態を舞台上で表現する場合、役者は微動だにせず演技をする事が多い。しかし如何に集中して考えている時も外的情報を常に入れ換えているのが自然な状態です。電車の中で向かい側に座っているサラリーマンを観察していると良く分かる。「う〜ん、、ブツブツ、、、。」と考え事をしながらも目線は必ず吊り広告→向かいに座っている僕の靴→自分のズボン→立ってるお姉ちゃんのお尻、、、等と外的情報を常に吸収している。この「集中の拡散」状態に舞台上でのリラックスの鍵があると僕は教えている。「舞台上でやるべき事」が増えれば増える程、楽に舞台上に居続ける事が出来るのだと。おっと、、!なんだかマニアックな話になってきましたね。すみません。とにかく!役者の勉強は「観察」に始まり「観察」に終わる。普段から心掛けている事です。(*^-^)さて!明日からまた頑張りますよ〜!写真は中之島公会堂外観です。ああ、昨日までは大阪やったんやなあ、、、。(ρ_;)何だか寂しい、、、。Dsc01173_2

2008年11月22日 (土)

祭りの後

お疲れ様でした。無事にオペレッタ「NAMIKO」終了致しました。ご来場下さった、お客様にまずは御礼申し上げます。本当に有り難うございました。そして共演者の皆様、皆さんから沢山の刺激を受け、この一ヶ月、本当に充実した毎日となりました。有り難うございました。悪党ゴーディンも最後に、皆で手を取り合ってのカーテンコールは流石にホロリと来そうになりました。いざ!明日からまたそれぞれの道へ。では皆さん、また板の上で会いましょう。Dsc01176

2008年11月21日 (金)

前夜

本番前日というのは嫌でも気持ちが高ぶるものだ。抗っても仕方ないのはよく知っている。そのままにしておこう。公会堂がある中之島は大阪の中でも異質な場所だ。ビルとビルの間にポツリとあるそれは、陸の孤島と呼ぶに相応しい場所だ。公会堂を背に横手を流れる川を見ていると、まさにこの場所が水に浮かぶ島であるような錯覚を覚える。煉瓦造りのその建物は、老朽化が進み何度か取り壊しの危機を迎えた場所だ。向かいにある図書館も、荘厳な煉瓦造りである為に、同じく取り壊しの危機があった。それを残そうと、運動があったのを覚えている。僕が子供の頃の話だ。今も変わらずこの場所があるということは、それが実ったという事だ。素晴らしき遺産。その上に立つ喜び。気持ちが高ぶるのも当然かもしれない。最終リハーサルは多少のトラブルはあったが無事終了した。リハーサル直前に共演の学生さんが「いつもブログを見てます!」と声を掛けてくれた。有り難う!明日は共に頑張りましょう!もし見てはったらコメントお待ちしてまーす。でも声を掛けてもらった時、嬉しさと共に、めっちゃ恥ずかしかったのは何でやろう?いよいよ明日、当日。9月からの旅公演から始まり、大阪での1ヶ月、計3ヶ月。あっという間の日々だった。でもホンマに豊かな3ヶ月でした。共演者及び、関係者各位に改めてお礼を言わせて下さい。本当に有り難うございました。明日ははっちゃけまっしょい!!因に明日の打ち上げは例の「25カラ」のお店らしいです。カプサイシン地獄再び。ヽ(´▽`)/今から楽しみです。ではお休みなさい。Dsc01155

2008年11月20日 (木)

後二日

037
この海とも後二日でしばしのお別れ。以前、日記を付けていた事があったが、自分一人で黙々と書く文章というのはどうもいけない。陰々滅々とした内容に後から読み返してみても「こいつ暗いやっちゃなあ〜(-_-X)」と笑ってしまいそうになる。自分の事なのに!しかしブログはほんまええですね。何処かでこれを読んでくれる人がいる、そう思うだけで俄然、前向きになるのです。訪れてくれる全ての方に感謝です。帰京の前に、以前から撮りたいと思っていた家族写真を撮ろうとデジカメを持っていったのですが、遊びにくるはずの兄貴夫婦が風邪でダウン、、、。久々の甥っ子、姪っ子との再会はお預けとなってしまいました。予定変更、とにかくオトン、オカンの写真を、、!とカメラを向けると、オカン逃げ回る逃げ回る!「絶対いやや!」を連発して大変でした。「絶対ブログにのっけへんから!」「頼むからちょっと座ってーな!」と説得を繰り返しようやくパシャリ。てなわけで今日は海の写真でご勘弁を。以前から楽屋の鏡前にご両親の写真を飾っていらっしゃる役者さんをみて「いいなあ。」と思っていたので。(*^-^)早速、あした現像をして来ます。僕と共演する機会があったら是非、うちのオトンとオカン見てやって下さいね。ではでは。

2008年11月19日 (水)

恩師

今日も大学の講義を見学してきました。恩師の先生を訪ねて研究室まで行くと既に実習を行う劇場に入られたとの事。すぐに追いかけました。劇場は仕込みの真っ最中。もうすぐ始まる学内発表会の準備に忙しそうでした。そのテンヤワンヤの中心に大学時代の恩師を見つけました。「先生!」と声を掛けると「…?おぉっ!オッサンになったなぁ!」と(*_*)。相変わらずやわ先生。何だか嬉しかった。先生は僕に俳優座受験をすすめて下さった方なので、僕が俳優座で頑張っていると聞いてとても嬉しそうでした。仕込みが進む中、客席で二人昔話に花が咲きました。先生が俳優座の演出家で先日お亡くなりになった西木一夫さんという方と大阪の演劇学校で先輩と後輩にあたる関係だったと初めて聞きました。西木さんはご生前、芸大から俳優座研究所に新人が入る度に「君の所からまた入ったぞ。」と嬉しそうに僕に声を掛けて下さいました。芸大生が入所すると何だか嬉しそうにしている先生を見て僕は少し不思議に思っていました。しかし遥か昔、僕の大学の恩師と俳優座の恩師である西木さんが繋がっていたと聞いて、少しジーンとしました。西木さんが最後に「君の所からまた入ったぞ。」と仰った笑顔がよみがえってきました。その笑顔の意味を数年越しに理解出来た気がしました。そして、ちょうど吊り込みが終わった照明バトンが、ゆっくり上がって行くのを二人、見上げていました。105

2008年11月18日 (火)

常識?非常識?

Dsc00025
只今戻りました、、、。疲れた、、、。でもブログは更新しますよヽ(´▽`)/皆さん遊びに来てくれはりますからね。僕もほんま嬉しいです。さてまたまた「クイズ」です。上の写真、まるでフットボールを半分に切ったようなこの食べ物。これは一体なんでしょうーか、、、、!?答えは、、、「メロンパン」です!神戸ではこれがメロンパンなのです。では白くて丸い「あの」メロンパンの事は、、、?何と「サンライズ」と呼びます。不思議でしょ?これって神戸だけらしいですね。僕の中では子供の頃から常識なのですが、、。ちなみに半フットボールのメロンパンの方は中に白あんの、こしあんが入ってます。これもまた不思議な常識です(*^-^)お昼ご飯からの出題でした。さて今日は再び母校に戻り、舞台芸術学科の講義を見学して参りました。折角、関西にいるので少しでも何かを吸収したくて、教授にお願いしました。ちょうど我が後輩たちは発表会の練習の真っ最中!みんな頑張ってましたよ〜!元気いっぱいで、なんか僕らの時より歌もダンスも上手かった。ええことです。授業の最後にコメントを求められ緊張しました。でも皆、まっすぐな姿勢で僕の話に耳を傾けてくれました。後輩達よ!有り難う。その後、ダッシュで夜の稽古に参加、、、。ああ、くたびれた、、、しかしほーんまに充実した一日でした。明日も講義に出席?するつもりです。では!

2008年11月17日 (月)

太陽に憤る

Dsc00004
阪神大震災の時にポッキリと折れてしまった高架です。今は傷跡すらありません。ー1995年1月17日、僕は大学の下宿にいました。アルバイトを終え午前3時頃帰宅。倒れる様に眠りにつき翌日の大学の講義に備えました。午前5時過ぎ、1回目の揺れ。最初にしてこれが1番大きな揺れでした。古い二層式の洗濯機の回っている脱水槽の中にいる様な細かく、しかし激しい揺れが1分以上続いた、、、ように感じた。実際の長さは分からない。「逃げよう。」という頭はなかった。あまりにも大きな揺れであった為に、それが「阪神地区」だけの物だとは到底思えなかったのだ。「今、地球が割れている、、、。」そんな事すら想像した。関西には地震が殆ど来ない。記憶にあるだけでも、遥か小学二年生の頃まで遡る。東での生活と違い「地面が揺れる。」という事に全く免疫がなっかたのだ。家具が倒れた、本棚の本が枕元にボトボトと落ちて来た。すぐに電話を取った。家族に被害がなかったか確認したかったのだ。幸い電話はすぐに繋がった。お互いの無事を確認して電話を置いた瞬間、余震。これは小さかった。しかし「地球が割れる」程の揺れを経験した直後だ、小さかろうが恐怖が走る。テレビをつける。ニュース速報「阪神淡路地区に震度7の地震発生。」少し後に「死者5名」とあった。5名、、、凄まじい揺れではあったが想像していた規模よりは小さかったのか、、、?きっとこのオンボロ下宿が大げさに揺れてみただけなのであろう、そう考えた。テレビでは同じ速報が繰り返し流されている。しかし一部違った。「死者50名以上」その後、振り返る度に「その部分」だけが修正されていった。「200名以上」「300名以上」「700名以上」「1000〜」、、、。少しずつだが、何が起こったのかを理解した気がした。寒気がした。再び電話を取る、しかし不通。すでに皆のパニックが始まっていたのだろう。なす術もなく「ツーツー」という音を聞いているしかなかった。外に出ると異様なまでの静けさ。まだ薄暗い街全体が「次ぎに来る何か」に備え身構えているように見えた。そして白々しいまでにいつもと同じ様に陽が昇る。そんなわけはないだろう?いつもと同じであるはずがない!それを見て僕は憤った。太陽にか?馬鹿げている。しかしこの時、僕も既にパニックにあったのだろう。ー

2008年11月16日 (日)

恐ろしい映画、、、

昼間、時間が空いたので久しぶりにオトンと映画に行って来ました。昔は必ず月に一度は親父と映画に行ってました。小学生時代は勿論、思春期真っ盛りで親とあまり口をききたくない年頃、中学生、高校生の頃も映画だけは一緒にいっていました。電車の中でも一言もかわさず、二人で黙って映画館に向かう姿は今考えると何だか可笑しいです。今日は神戸の「シネ・リーブル」(旧朝日シネマ)に「その土曜日、7時58分」という映画を見に行きました。入り口に尊敬してやまない「THE WHO」の映画のポスターが!!!!しかし残念ながら神戸での公開は22日から。(;д;)本番の日やんけ!残念、、、。東京でも見れるかなあ。さて「その土曜日〜」ですがほんま恐ろしい映画でした、、、。やはりフィリップ・シーモア・ホフマンは上手いなあ、、、。この人一人で複雑な人間関係を見事、説明しきっていた気がします。よく芝居で兄弟の役を演じたりすると「そもそも兄弟に見えなかった。」等、厳しいご感想をいただく事がありますが、未熟な僕は思う訳ですよ「そもそも兄弟ってなんやろう?」と。観念としての話ではなく「芝居の表現における兄弟らしさ。」とは?そこですでに躓く訳です。その答えをフィリップ・シーモア・ホフマンは見事に表現していました。結論から言うと数々のレビューにもある様に、この兄弟、似てません。だって弟はイーサン・ホークですから、そら無理でしょう。しかししかし、、、ご安心を。みるみる兄弟のように見えてきます。凄い。親兄弟であるが故にギリギリ越えない愛憎の一線。その一本の細いライン上で繰り広げられる人間ドラマは、かなり見応えがあります。実話ベースらしいこの映画、、、。「ファーゴ」の時もそうでしたが、やはり一番恐ろしいのはお化けでも、エイリアンでもない、人間やなあと思いました。それにしてもオトンと行ったのに「親殺し」「子殺し」シーン満載でなんか気まずかったぞ〜(lll゚Д゚)Dsc00022

2008年11月15日 (土)

夜の海にて

「STE-022.mp3」をダウンロード
音声ブログ!お試し第一弾!まだまだ要領を得ませんので今回はご挨拶だけです。ヘッドフォンとかで聞いていただけると海風、波の音までよく聞こえますよ。今後、時間がある時、朗読等々、出来たらええなーと思います。携帯からご覧の方はごめんなさい、、、(ρ_;)なんのこっちゃか分からんかもしれませんね、、、。パソコンで見る機会があったら是非聞いてみて下さいね〜。
ではでは!

2008年11月14日 (金)

25カラ!!

Dsc00006
今日もごちそうになってしまいました。先生、有り難うございます!写真は心斎橋名物?カラカララーメン!はいそうですよ辛辛でカラカラです。1〜25カラまであるのですが、僕は即25カラを注文。辛いのほんと平気なのです。25の意味は大さじ25杯分の唐辛子の意。どーんと来い!で、このラーメン。ただいたずらに辛いだけでなく、旨味もしーっかりしてて、美味しゅうございました。しかし辛いのはトコトン平気なのですが酸っぱいほんま苦手です(-_-X)オレンジ、グレープフルーツ、レモン全部苦手、、、。以前、シゲキックスなるお菓子を食べて、溶けて無くなるまで床をのたうち回ってました。吐き出したらええのに、、、。アホ丸出し。さてお食事会の最中、以前、コメント欄でこうじ君がお勧めしてくれた「まっさん」というお店の話題がでました。大阪にある衣装及び古着屋さんなのですが、ホンマに安いらしい。「5円のタキシード」とか!あるらしいですよ。どんなんやねんw(゚o゚)w凄いなー。そして女性の方は耳寄り!まっさらのウェディングドレスがジャスト1万円ですって。、、、という事は、10005円で結婚式も可能です。15000円なんか出したらお色直しまで出来ます。恐るべし「まっさん」!次の稽古休みにでも行ってみるかなあ。

2008年11月13日 (木)

後輩たち

Dsc00002
オペレッタ「NAMIKO」で共演中の近藤君と松本君です。ともに大阪芸大のミュージカル学科の後輩たち。稽古中も色々と気を使ってくれるので助かってます。小さな声で「先輩!次、上手からですよ!」と段取りを教えてくれます。もーほんまに僕の段取り覚えの悪さは有名ですからね。台詞は案外早い段階で入るのですが、登退場の場所、タイミング等々、段取り覚えるのだけはアカンのです。俳優座本公演時も舞台から捌け損なって何回セットの木の裏に隠れた事か、、、。袖から皆が「アホやアイツ!」みたいな顔で笑ってるのですが、本人は必死です。アゴラ劇場に出演した時なんかは暗転中、袖幕に突っ込んで行ってしまい、「ここはどこやー!」と必死でもがいているとライトイン。機転を利かせ?袖幕をカーテンの様に体に巻き付けカクレンボ状態でやりすごしました。ほんまね、どんくさいのですわ。今日から天王寺の夕日丘高校という所に稽古場が変わります。また稽古場レポートやりますね。ではでは!(◎´∀`)ノ

2008年11月12日 (水)

ガラスの塔

公園を歩いていた。はたと立ち止まる。足下にそれを見たからだ。とっても綺麗な鳥の亡骸。見た目は雀だがお腹が鮮やかに黄色い。後で分かった事だが、それはホオジロという鳥だ。血を流している様子もなく、襲われた様子でもない。気を失っているのか、、、?靴先でツンとつついてみる。反応はない。「靴先で」なんてのは本当に不謹慎だ。そう思う。しかしあまりに綺麗な亡骸という物は、手で触れる事が出来ない、何か迫力のようなものがあるのだ。やはりピクリともしない。ちょうど公園のゴミ箱を掃除していた清掃員のおばさんがいた。「おばちゃん、これ死んでるわ。」触れはしないが指は指せるようだ。意気地なし。ピンクのゴム手袋をしたそのおばちゃんは「あちゃー」という表情でその鳥を見た。そしてあっけない位、迷いなくそれをヒョイと持ち上げた。おばちゃんは意気地がある。違う。ゴム手袋をしているからだ。そう思った。「可哀想に今日は二匹目やで。」おばちゃんが言った。「ほら、これで。」とおばちゃんが指を指したのは、なんと上の方向だった。見上げると、ガラスの塔。まるで鏡張りのような大きなビル。新聞で読んだ事がある。鏡張りのような高層ビルに激突して多くの鳥が死んでいるという記事だ。こいつもそれだ。居たたまれない気持ちで振り返ると、おばちゃんはめっちゃ笑顔でその亡骸をゴム手袋をした手の中で転がしている。「おーおー、ほんま綺麗な顔してからに。可哀想にまだ温かいんとちがうか?」そう言うとおばちゃんは、ホオジロの黄色いお腹に頬をあてた。「ほらまだ温かいわあ。」まるで子供をあやすかのような優しい声と行動に、僕は胸がいっぱいになった。この人が今、ホオジロにこうできるのはゴム手袋があるからではない、意気地があるからではない、心があるからだ。そう思った。なんだかおばちゃんが人間以上の存在に見えた。しかし次の瞬間!「おーおー、ほんま、自業自得や、、、。」そう言うとおばちゃんは今しがたタバコの吸い殻を集めたのと同じ塗れ新聞の上にそれを置いて、クルクルと巻いてしまった。前言撤回。おばちゃん、やはりあなたは人間や。ガラスの塔を作ったのは人間の都合だ。決してホオジロの自業自得ではない。心の中でそう反論した。おばちゃんの美しい行動と、その直後の少し雑な行動、その矛盾した両方を見て、僕は自分自信も、このおばちゃんも、人間であるという事を強く意識した。でもそれでいい。人間は矛盾を抱えたまま歩くのだ。でもその人間が心を持った瞬間、或はそれ以上の存在になるのかもしれない。ホオジロに頬をあてた瞬間のおばちゃんは事実そうだった。そんな瞬間を、一生の内、一度でも多く持てたらいいなあ。また鳥に大切な事を教わった気がした。

2008年11月11日 (火)

僕は一体、誰なんだろう?

さ、寒い…(*_*)なかなか寒くならんな〜、なんて言うてた頃が懐かしい。ってほんの4、5日前の事ですよね。夏至、冬至を越えると雨が降るたびに暑さ寒さが増すと聞いた事があります。寒暖が勢いを増す節目節目に雨があるというのは何だか風情があります。神戸はどんより曇り続きです。この辺りを寒くするのを後回しにしたせいで「雨を降らせる。」という宿題がたまっているのでしょう。さてまた海、鳥シリーズです。家の前の海には毎日、沢山の種類の鳥がやって来ます。ざっとあげても、カモメ、雀、烏、鴨、白鷺、そして以前に紹介したおそらく鵜です。しかしこの鵜、どうやらこの海岸にたった一羽だけの様子。他の種類の鳥が集団で現れて去って行くのに対し、彼は常に一羽で行動している。しかしさすがに寂しいのか、カモメや白鷺の集団が現れた時はさも嬉しそうに近付いて行きます。でも一緒に餌をついばんで、暫くして皆が去ってしまうと、またポツンと一羽…。他の鳥が一斉に去った後、彼は暫く放心したようジッとしています。集団を見ると見境なく仲間に入り、取り残されてからは「何で?」というふうに唖然としている。そんな彼を見て、僕はあの鳥が自分が鵜である事をすっかり忘れているのではないか?というふうに思えるのです。そんな事ってあるんかなぁ…?鵜はやはり魚も状況も「飲み込めない」ということなのか。でも実際、僕には彼の分け隔てなく積極的に他の鳥の仲間になろうとする姿勢があまりにも自然に反するように感じられるのです。いつもどこか寂しげなこの一羽だけの鵜。今朝の彼は通り過ぎる一羽のカモメにこう聞いているように見えました。「ねぇ、僕は一体、誰なんだろう?」033

2008年11月10日 (月)

知らぬ間に、、、。

オトンとオカンがやたらいそいそしている。電話をかけたり書類を取り寄せたり。何をやってるのかと思いきや、どうやら旅行に出かけるらしい。また!?ええなあ、、、。ヨーロッパらしいけど、ほんまこの二人は忙しい。なかなか電話に出ないので大丈夫かなあ?と思っていると「一週間旅行に行ってた。」とかね。よくある事です。僕も兄貴も手が離れてのびのびとしてる様子。でもほんま夫婦仲がええのはええ事です。二人が家を出て以来、知らぬ間にすっかり旅行好きになっていました。ヨーロッパなんていいわねえ〜、お金持ち!と思われるかもしれませんが、そこはどっこい田中家の事ですから、ほんまに安い時期を狙って上手い事、旅行するのです。田中家の旅行プランの第一は「オフシーズン!」これに尽きます。僕も三回程ヨーロッパ行ってますけど「死ぬわ!」思う位、寒い時期。寒い時のヨーロッパがこれまた安いのです、ほんま。しかし寒い時期にまわるのはそれなりにリスクもありますよ。日本の寒さと違いまさに「凍てつく様な寒さ」ですから外を歩いているとすぐに「オション」に行きたくなる、、、。でも公衆トイレなんかなかなかありませんから喫茶店に入る。再度出発。しかし寒いから一時間後にはまた「オション」に行きたくなる、で喫茶店、、、。この繰り返し、、、。汚い話ですが向こうのトイレには便器はあっても便座がないところが多いですから、オションじゃない時はもー!大変!いや、ほんまね、座るべくU字型のあの部分がないのです。聞けば直接座るか、空中投下らしい( ̄▽ ̄)空中投下の姿勢で来るべき物が来るのを待っている時は「世の中で今程、情けない瞬間があったら教えて欲しい。」と思う位。しかし楽しい思い出もいっぱいです。(*^-^)皆さんもご旅行の際は是非オフシーズンをお勧めします。00090258

2008年11月 9日 (日)

西武優勝!!

西武ライオンズ優勝おめでとう!!いやあ、よーやった。あのにっくき巨人をよー倒した。はい!悲しき阪神ファンの遠吠え終わり。幸か不幸か「スポーツ選手」の役、よく来ます。体がでっかいとそう見えるらしい、、。しかし本人は、、、ほんまスポーツ苦手です。大の苦手。(-ε-)それやのに、ここ数年の間に「野球部のOB」「ラグビーのトライゲッター」「大リーガー」等、沢山演じて来ました。振り返ると野球関係が多いなあ。来年はまた「高校球児」やし。で、写真のバットですよ。演出家からの宿題なのです。旅中もちゃーんと持って行きました。「毎日素振りせよ。」とのお達し。来年の二月まで、、、ああ、遠いなあ。どうなることやら。神戸もやっと寒くなってきましたよ。これで正常。日中と夜の寒暖の差が激しければ激しい程、紅葉は紅く、深くなるらしい。芝居もまた然りか。一本の芝居を作る上で、膨大な時間を費やし稽古をして、それがたった二時間で終わってしまう。他の現場を見てもこれほど非効率な芸術もないのではないかと毎回思う。華やかな舞台が終わった後に待つ役者の現実はそれはそれは大変ものだ。しかしその寒暖の差が役者という人間をより深く、鮮やかに紅く染めてくれるのではなかろうか。そう思うのです。20

2008年11月 8日 (土)

衣装、、、。

Dsc01013
衣装。あぁ、困った!聞くところによると何と衣装自前らしい…(*_*)聞いてないぞ〜!周りの方々はオペラ歌手の方がほとんどだから、皆さん自前のタキシードらしい。それにしても…はよ言うて欲しかった…。事前に分かってたら東京から何か持ってきてたのに…。考えろ考えろぉ〜俺…。如何にお金を掛けず、それらしい衣装を入手するか…!まずはジャケット。これは稽古用に一着だけトランクに入れておいたのでセーフ。今回の役どころは「インチキ興行主」やから…。僕のイメージとしてはこれにベストと赤の蝶ネクタイ!取り敢えず大阪のGAPでベストをゲット。安売り中で良かった…。後はズボンと蝶ネクタイ…。ズボンはユニクロにあるかなあ?蝶タイは、、、オカンに縫うてもらうかな。暫く稽古帰りに衣装探しの日々が続きそう…。

2008年11月 7日 (金)

鳥シリーズ

030
うちのベランダの下はもう海。朝は神戸大学の学生たちがカヌーで漕ぎだす姿が見えます。少し沖に目をやると、「ブイ」の上に羽休め中の鳥が、、、。この鳥、夜も結構活動してて夜中に海を見ていると、海面すれすれを滑空し「フィルルルルル」とよく通る声で鳴きます。鳥って鳥目ですよね?あれ?黒っぽいこの鳥、どなたか名前がわかる人〜?大募集でございますよー。ってだんだん読者任せな展開になってきたぞー。いや!違う!読者参加型のブログなのだ!都合ええなあ、、( ̄Д ̄;;おやすみなさい、、、。

2008年11月 6日 (木)

日本文化

鳩。平和の象徴だったり、フン害の犯人だったり…ヒールとベビーフェイスの両面を持つ面白い存在。以前、僕は一本の映画に突き動かされた事がある。ジム・ジャームシュ監督の「ゴースト・ドッグ」という映画だ。「武士道とHIP HOPの融合」と怪しい謳い文句が添えられていたこの映画、もし主演が尊敬する俳優フォレスト・ウィテカーでなかったら避けていたかもなあ。主人公はスラム街の殺し屋。この殺し屋、一風変わった心の持ち主で鳩と武士道をこよなく愛する心優しい殺し屋なのだ。もうこの時点でズッコケの設定であるが、この「そりゃーねーだろー。」がジャームシュ映画の醍醐味ではなかろうか。しかし物語が進むにつれて主人公が「葉隠」の精神をもとに、昔恩を受けた(これも実は主人公の勘違いなのだが、、、。)しがない老イタリアマフィアを主君と仰ぎ、ひたむきにその主君の為に奔走するする姿や、己を律しひたすらトレーニングに励む姿を見て、僕は後ろめたい気持ちに苛まれた。「何でこんなに有名な日本文化を俺は知らんのだろう。」という気持ちでいっぱいになったのだ。浮世絵の素晴らしさを外国から再認識させられた昔の日本人も同じ感覚だったのではなかろうか。勿論、僕は武士道、葉隠の全てを奨励しているわけではない。情操教育の教科書として戦中に利用された、悲しい歴史を指しているのでもない。それ以前の問題なのだ。「全く知らない、読んだ事もない。」自分を恥ずかしく思ったのだ。勿論、その後ちゃーんと読みましたよ。全部は分からんかったけど。でも「一日一生」の下りは、今も心に残っています。一日を一生と例え、その一日を悔いなく生きる。映画の中で主人公が死ぬ間際に言います「悔いはない。見たい物は全て見た。」その境地に、、、!俺も行きたいなあ、、、。よし、明日からまた頑張ろ!Dsc01006

2008年11月 5日 (水)

ただいま、、、。

今帰って来ました。只今、十二時前。ああ、眠い、、、。今日は演出の先生のおごりで飲み会がありました。すっかり「つぼはち」気分でいたら、どうしてどうして!結構、敷居の高いお店でしたよ。ほんま美味しゅうございました。生まれて初めて食べた「生からすみ」美味い!なんかホンマに美味しいもんて「うまみ」と「あまみ」の中間にある物にある何とも言えない「うわまみ」みたいな味がしますね。なんやそれ。からすみって普通は羊羹の縮んだみたいなのを想像しますけ、生からすみは見た目はおろし生姜みたいな感じです。キュウリにそれがチョンと乗ってるだけなんやけど、美味しかったです。(*^-^)まっ、自分一人では絶対食べれませんけどね。先生、ご馳走さまです。知ってはる人も多いと思いますが僕はお酒が一滴も飲めません。これは数あるコンプレックスの一つです。「飲めないのは財布にも健康にもいい事だよ!」と皆さん仰ってくれるのですが、、、。本人としてはね、、、。辛い物があるのですよ。でもね飲みたい気分、これは分かるのです。僕も時々飲みたくなりますからね。で、コンビニ行って酎ハイ買うて一口飲んでゲーです。これはね、もうほんまあかんでしょう。ああ、ほろ酔いって何!?どんな状態!?気持ちええんでしょ!?どんなん!?おせーて!?今日は質問攻めで終わります。おやすみー。(´△`)Zzzz・・・。o○

2008年11月 4日 (火)

オーバーゼア!

Dsc01002
関西での生活も、はや一週間を過ぎようとしている。東京を離れると時間が少しゆっくり流れるのは、あながち錯覚ではないと思う。こちらでの生活はちょうど、暫く袖を通していなかった上着のように、少し窮屈なんだけど、しっくりくる。その少し窮屈な感覚が以前、ここにいた僕自信をいちいち思い出させる。「ここであんな事があったな…。」と歩くたびに思い出が蘇ってくる。簡単な移動にも郷愁のオマケがつく。それはとても心地よい。ところで芦屋は全然寒くならないのだけど大丈夫なのかなぁ。東京はだいぶ寒いと聞いている。歩いていると半袖で昼間から酔っぱらったオッサンが通りかかったオバチャンに道を訪ねていた。 オッサン「今津4丁目はどこですか…?」 オバチャン「ここは芦屋やからだいぶ遠いよ。」 オッサン「歩いて行くには、どうやって行ったらええか教えてください!」 オバチャン「えっーと、ここからやったらねぇ…。でも歩くにはちょっと遠すぎやないかな…。」 オッサン「ほな初めから知らんいいなはれ!」道を聞いておいて大層な態度である。助け船をだそうかと思ったけどオバチャンは「はいはい!せやね!今津はアッチ!アッチ!オーバーゼア!」と、いつの間にか酔っぱらいを外人扱いして笑っていた。そして成り行きを見守っていた僕の方を向いてニコリと笑い去っていった。酔っぱらいはオバチャンが指差した方向とは明後日の、そっちはどう見てもゴミ捨て場だろうという方向にフラフラ歩いて行き「自分はゴミです。」とでもいうかのように、そこに寝そべってしまった。あっぱれオバチャン。こういう強さが関西のオバチャンにはある。そう、ささいな事は所詮ささいなのだ。笑い飛ばすのが一番。見習うべきや。ではまた!(写真は地元、夙川。アメリにも出てきたサン・マルタン運河にそっくりだと思いませんか?)

2008年11月 3日 (月)

大学

昨日は思いがけず大学時代の後輩から書き込みがあり嬉しかった。それこそ12年?
ぶりか。僕が高校の演劇科を卒業して、東京の劇団で修行すべきか、進学すべきかと迷っていた頃。父が一枚の新聞の切り抜きをくれた。それは女優であり映画監督であるジョディ・フォスターの手記だった。同じく進学に悩んで思い切って大学を選んだジョディ・フォスターが大学生活4年間で得た一番大きな物それは「友達」だと。生涯をともにする数々の最後の友達、それを得た事が一番大きい、といった内容だった。僕はその記事に妙に納得してしまった。大学に行って人を見に行こう。そう思ったのだ。そしてそれは何事にも代え難い経験となった。オモロい奴、ややこしい奴、キレやすい奴、人の目を見て話さない奴、アホな奴、、色んな奴がおりました。様々な学科の仲間と交流する内、その沢山の友達や後輩の中にいる「自分自身」にも出会えた。あれほど人に垣根なく付き合った期間もないのではなかろうか。人はどうしても、自分のテリトリーを作るものだ。苦手な人間に出来るだけ会わずにすむよう知らず知らずの内に工夫をしてしまう。それは決して悪い事ではない。ストレス社会における最低限の自己防衛だと思う。しかし大学生活はそうはいかなかった。一歩踏み入れるとそこは異文化が入り交じる異空間だった。そこを否定していては一歩も前に進めなかった。「この指止まれ。」と人を集めると見事にバラバラの目的を持った人間が集まった。しかしそれが不思議と同じ方向に向いた時、そのエネルギーは凄まじいものがあった。それが楽しかった。僕が未だに車の免許を持っていないのは、そのせいだ。大学生活が面白くて忙しすぎたのである。大学ではまじめに芝居をやっていた。今の方が不真面目なのではないかと思うくらい。そして12年後、また僕はここにやってきた。それが今は楽しくて仕方がない。Dsc00994

2008年11月 2日 (日)

綾波レイ!

Dsc00987
Dsc00995
今日は文化の日前日。我が大学も盛大な文化祭が催されていました。相変わらずコスプレイヤー多いなぁ。お祭りですからね。出店の前で皆、様々な扮装をして祭りを盛り上げておりました。すると遠くに…!綾波レイ発見!凄い!後ろ姿そっくり!しかし振り向くと男でした。(*_*)気持ち悪いわっ!アホッ! ほんま何やってるんだか。別にエバァファンではないのですが、知ったかぶりして痛い目に会いました。あぁ…心臓に悪い…髪の毛はちゃんと青かったけど、普通に髭生えてたしな…。それにしてもお腹空きました。稽古まで後、15分。いま何か食べとかんと後が辛い。とっとと焼きそばでも食べて稽古行かんと…と並んでいると「はい!お客様!まずはサイコロを3つ振って頂いて、その数字の合計によって焼きそばのトッピングが変わりま〜す!」と店員さん。もぉ!!ややこしいねん!後15分しかないのに…。普通に食わせてくれ〜(T-T)と思っていたら、ここでタイムアップ。何にも食べられずすごすごと稽古に行きました。しかし楽しそうやったなぁ。もっとゆっくり見たかったなぁ。

母校!

Dsc00967
大阪で本格的に「オペレッタ・浪子」の稽古開始です。今日、明日は母校の芸大での稽古です。十二年ぶりに訪れる大学。駅前からどえらい変わりようでビックリしました。しかし駅前だけで驚いていては、まだまだ甘かった…。大学校内も随分な変わり様。一番のカルチャーショックは目新しい校舎や僕の卒業後に建てられた最新式、舞台芸術学部専用の巨大劇場でもなく、ずばり…トイレ!!ウォシュレット付きやと~!?お前ら贅沢し過ぎやろ!と思いつつも気持ち良くて三回位ボタン押してしまいました。目新しい風景の中に、ハタリと古いままの校舎があったりと、驚きと懐かしさが交互に押し寄せて来て何だか胸がいっぱいでした。しかし学生は…!相変わらずアホでしたね。元気ハツラツという意味でね。(^-^)そこは相変わらずで安心しました。稽古までの暫しの間、学生達が何かの決め事をする為に20人位で輪になってジャンケンしているのをぼんやりと眺めていました。学内は明日から文化祭らしく、出店やイベントの準備で活気づいていました。明日は文化祭を横目に稽古です。どうせなら見てみたかったなぁ、文化祭。

2008年11月 1日 (土)

名前に関する事

「美央」女の子みたいですよね。新しい現場に行く度に「こいつが美央か、、、!」とガッカリ?される事があります。女優だと思われる方が多いらしい。それも当然か!?新幹線で移動を繰り返しているとよく富士山を右にあるいは左に見かけます。大抵の場合、少し霞んで見えるので完全なる富士山の全貌を僕は未だ見た事がありません。しかしうちの親父は見たそうです。親父が東京で単身赴任時代の話、ある日電話を取ると親族の緊迫した叫びが。「生まれるで!!」僕がです。田中家の次男坊。親父はすぐさま新幹線に飛び乗り一路、神戸へ。そこで見たらしいのです。右手にそびえ立つ世界遺産申請中の山が。雲一つかかっていない富士山の全貌がそこにはあったのです。やはり「感動した。」と言っていました。同時に「本当に富士山は日本一の山やなあ、、!」と改めて感じたと。この絶景に出会えたのも運命か、、。そう思った親父はメモにこう記しました。「富美夫」 病院始まって以来のジャンボベビーだった僕は相当な難産の末、「オギャア」とも言わずこの世にボトリと登場したらしい。ジャンボすぎて、途中で止まってしまい瀕死の状態で生まれてきたとのこと。「オギャア」の代わりにお医者樣方の慌てふためく声を聞かされた親父は「死んだかもな、、、。」と、、さっき書いたばかりのメモを握りしめるしかなかった。しかし、しかし!僕の事ですから保育器の中でメキメキと蘇生。他の赤ん坊を圧倒する大きさに、一躍その病院の名物赤ちゃんとしてお母様方の間ではかなりの話題になったとか。疲れ果ててぐったりとした母に近寄り親父はそっとメモを開きました。  「富美夫」、、、、、、、、。「そんなオッサンみたいな名前いやや!!」ピシャリとオカン。親父が大切に握りしめていたメモを奪い取りピリリと上半分を破いてニッコリ「美夫がええんと違うか?」と。親父の感動もどこえやら。あっけなく省かれた「富」。その後「みお」の語感から「美央」という漢字があてられ今の僕があります。正確な発音は「みおう」です。親父曰く「でもほら、富美夫も美央も全部線対称やから。」親父のこだわりは一部だけ採用されたようです。Dsc00965

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

無料ブログはココログ

ウェブページ

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト